ノーベル賞 受賞有力者に 日本の2人含む 23人発表 英 学術会社

ことしのノーベル賞の発表が10月2日から始まるのを前に、イギリスの学術情報サービス会社が、今後、受賞が有力視される研究者として筑波大学の柳沢正史さんと川崎市産業振興財団の片岡一則さんの2人を含む23人を発表しました。

世界中の研究論文を分析するイギリスの学術情報サービス会社「クラリベイト」は、世界の研究者が発表したおよそ5800万本の研究論文などの分析をもとに、ノーベル賞の受賞者を予測していて、ことしは受賞が有力視される研究者として、5か国から23人を発表しました。

このうち、日本からは、
◆ノーベル生理学・医学賞の有力候補として、
▽筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構機構長の柳沢正史さん
◆ノーベル化学賞の有力候補として、
▽川崎市産業振興財団の副理事長で、ナノ医療イノベーションセンター長の片岡一則さんの、
2人が挙げられました。

柳沢さんは、脳で分泌される「オレキシン」という神経からの信号を伝える物質が、睡眠の制御に関わっていることを発見し、突然、強い眠気に襲われる睡眠障害の一種「ナルコレプシー」の原因の解明や、不眠症の治療薬の開発に貢献したことなどが評価されました。

片岡さんは、ナノマシンと呼ばれる1ミリメートルの1万分の1以下という極めて小さい物質に薬を乗せて、狙った場所に送り届ける技術を開発し、がん治療の進歩に貢献したことなどが評価されました。

「クラリベイト」が有力候補として挙げた研究者の中からは、これまでに71人がノーベル賞を受賞しています。

ことしのノーベル賞の発表は、
▽10月2日の生理学・医学賞から始まり、
▽3日に物理学賞
▽4日に化学賞
▽5日に文学賞
▽6日に平和賞
▽9日に経済学賞
の発表が、それぞれ行われます。

生理学・医学賞の有力候補 柳沢正史さんとは

 

ノーベル賞の受賞が有力視される研究者の1人に選ばれた、柳沢正史さんは、東京都生まれの63歳。

筑波大学大学院で博士課程を修了後、アメリカ テキサス大学の教授などを経て、現在は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の機構長を務めていて、睡眠の仕組みを解き明かす神経科学の基礎研究に携わっています。

柳沢さんの功績の一つが、睡眠の制御に関わる「オレキシン」という物質の発見です。

オレキシンは、脳の「視床下部」という場所で作られる、神経からの刺激を伝える物質で、睡眠や覚醒、食欲などに関わっていることがわかってきました。

中でも、突然、強い眠気に襲われて眠り込んでしまう「ナルコレプシー」という睡眠障害にオレキシンが関わっていることが分かり、治療薬の開発が進められています。

また、オレキシンの働きを抑えることで不眠症を改善する薬も開発されていて、2014年から日本とアメリカで実用化されています。

こうした業績が認められ、柳沢さんは2003年にアメリカ科学アカデミーの会員として迎えられたほか、2016年には紫綬褒章を受章しています。

今回の受賞について、柳沢さんは「オレキシンの発見は、それまで原因不明だった『ナルコレプシー』の原因の究明につながり、睡眠学が新しい時代に入るきっかけになったと思う。睡眠の基礎研究という分野に社会的な関心が高まり、こうした賞として認識されたことは非常にうれしい」と話していました。

一方、柳沢さんは、アメリカ国籍を取得し、現在もテキサス大学の客員教授も務めるなど、長年アメリカで研究を続けてきました。

そのうえで、日本の研究者の現状について、「アメリカの研究者は、研究をやらないと、あっという間に立場がなくなってしまうが、研究以外基本的にやることがなく『暇』がある。一方で、日本の若い研究者を見ていると、研究とは関係のない事務的な業務の数があまりにも多くて、結果的に研究の時間が取られているように感じる。いい研究をするためには研究を楽しむ心の余裕を持てるような環境整備が必要だ」と述べ、より研究に時間を割ける環境が必要だと訴えました。

そのうえで、研究を支える国の対応については、「ノーベル賞が出た分野は、産業界からもお金が出るので、放っておいてもよくて、国が『日本の強み』だといって支援しても周回遅れになる。アメリカの場合は、NIH=国立衛生研究所をはじめとした研究資金を提供する組織の幹部が元研究者だったり、イギリスでは省庁の副大臣級のレベルの人がもともと各分野の専門家だったりして、こうした人がこれから発展する分野を選んで支援をしている」として将来有望な分野を見定める「目利き力」が政策決定者に求められると指摘しました。

一方で、柳沢さんは「研究者人口は減っているが、少なくとも生命科学の分野では、光る研究が出続けているので、そういうことを評価して伸ばしていくような科学技術政策の設計が求められる」として、研究の質を高めていくべきだと話しています。

化学賞の有力候補 片岡一則さんとは

 

ノーベル賞の受賞が有力視される研究者の1人に選ばれた、片岡一則さんは、東京都生まれの72歳。

東京大学大学院を修了後、東京女子医科大学の助教授や東京理科大学の教授を経て、1998年から東京大学の大学院で教授を務めました。

2015年からは川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンターでセンター長を務めています。

片岡さんは、2万分の1から10万分の1ミリメートルほどの「ナノマシン」と呼ばれる小さな粒に薬を包み込み、体内の狙った組織に取り込ませる技術を開発しました。

片岡さんが開発したナノマシンはそれまでのものと比べて小型で、体が異物として認識しにくくなるため、より効率的に体内で薬を運べるようになったということです。

副作用が少ない、がんの治療薬や、効率よく脳に届くアルツハイマー病の治療薬など、さまざまな新薬の研究開発に応用されています。

今回の受賞を受けて片岡さんは「大変名誉なことであり、私の研究に興味を持っていただいた世界の研究者に感謝したい。『将来的に患者さんのためになることをする』というみずからのミッションを果たすための『種』を研究を通して、今後も供給していきたい」と話しました。

片岡さんは、インパクトのある研究成果を挙げることができた理由について、「化学」と「医療」という異なる2つの分野にまたがる研究に取り組んできた点を挙げました。

片岡さんは「自分の専門知識や考え方が、ほかの分野の課題の解決に結びつくいうことがある。分野を超えて、今ある領域を超えた研究を続けることで、領域がさらに広がり、気がついたらインパクトのある研究になっているということだと思う」と話しました。

最近の日本の研究力について片岡さんは「『種』となる研究をやって、それを展開して世界の注目が集まるところまで仕上げていくという息の長い研究が日本は弱いと感じる。30代後半から40代前半ぐらいの研究者に思い切り研究をやらせることが大事で、研究費や雇用など、長期的な視点で研究をサポートする制度が必要だ」と述べました。

そのうえで、「インターネットやSNSの普及で、科学技術への関心が高まり、ある意味では、科学者にとって幸せな時代だ。一方で、自分たちに、どう役立つかというプレッシャーも高まっている。科学者は、それをきちんと受け止めて丁寧な説明をしていくことも大切だと思う」と話していました。

自然科学の分野 日本の研究力低下が懸念

 

日本からはノーベル賞の受賞が有力視される研究者が毎年のように選ばれているものの、自然科学の分野全体では日本の存在感は下がり続けていて研究力の低下が懸念されています。

文部科学省の科学技術・学術政策研究所は、2019年からの3年間に世界の国や地域で発表された自然科学分野の論文について、注目度が高いことを示す、他の論文で引用された回数の多い論文の数について、臨床医学や物理学、化学など22の分野を対象に国や地域ごとに分析しています。

各研究分野で上位10%に入った注目度の高い論文の数は、2019年からの3年間の平均で1位の中国が5万4400本余り、次いでアメリカが3万6200本余り、3位のイギリスが8800本余りでした。

一方、日本は3700本余りで、過去最低の13位と、10位の韓国にも及ばず、データがある1981年以降で最も低い順位となりました。

20年前の時点(1999年からの3年間)では、日本は、アメリカ、イギリス、ドイツに次ぐ4位で、中国は10位、韓国は14位でしたが、この20年で中国などが存在感を増す一方、日本の存在感は低下し続けています。

科学技術・学術政策研究所はこの背景として
▽ここ20年で国内の大学の研究開発費が主要国に比べ伸びていないことや
▽研究時間の確保が難しいことを挙げています。

加えて、
▽高い専門性を持ち、大学などで研究の担い手となる博士号取得者の数がアメリカや中国、韓国でこの20年ほどで2倍以上になった一方、日本では減少傾向のあと横ばいが続いていることも指摘しています。

文部科学省の今年度の調査では、国立大学の教員のうち40歳未満の若手の7割が任期付きという結果も出ていて、研究者が安定して研究できる環境を整備することが課題となっています。

中国 論文の引用回数で世界1位に

 

中国は、国を挙げて自国の学術雑誌と論文を量産し、論文の引用回数で世界1位に躍り出ました。

クラリベイトの調査によりますと、中国国内で発行される学術雑誌のうち、クラリベイトが設けた基準をクリアしている雑誌の数は、2006年の時点では日本が222誌だったのに対し中国は117誌と、日本の2分の1にとどまっていましたが、おととしには日本の353誌に対し中国が448誌と、調査開始以来初めて、日本を上回りました。

また、掲載された論文がほかの論文に引用された回数を平均して数値化し、学術雑誌の格付けに使われるインパクトファクターと呼ばれる指標では、一流雑誌と見なされるインパクトファクター10を超える雑誌が、去年の時点で日本が2誌にとどまったのに対し、中国は55誌と、日本に大きな差をつけています。

クラリベイトによりますと、世界ではインパクトファクターの高い雑誌に論文が掲載されることが、研究の業績を評価する重要な要素とされているということです。

その一方で、日本がこれまで、多くのノーベル賞受賞者を輩出してきたのに対し、中国本土から自然科学系の受賞者は1人です。

また、ノーベル賞の有力な候補者とされる「クラリベイト引用栄誉賞」の受賞者数でも、日本の研究機関からは31人なのに対し、中国の研究機関からは2人となっています。

クラリベイトの研究分析部門の責任者、デビッド・ペンドルベリーさんはNHKのインタビューに対し「研究の業績を評価する際、最近はインパクトファクターに過度に頼る傾向がある。中国の雑誌は世界から注目を集めるために掲載されている論文の引用回数を増やしインパクトファクターを上げようと努力しているが、業界全体として1つの指標に頼りすぎるのはかえってよくない傾向だ。実際に私たちは、研究を評価する際、さまざまな要素を分析していて、必ずしも掲載された雑誌のインパクトファクターだけで、研究のよしあしが決まるものではない」と述べました。

また、研究力の低下が指摘される日本については「よく日本の研究の質が落ちていると言われる根拠となっているのは、世界における研究の投稿数のシェアや、インパクトファクターのような指標だ。中国のシェアが上がってきたために、日本だけではなく多くの国がシェアを失ってきたということは伝えておきたい」と指摘した上で「日本の研究者は必ずしもインパクトファクターばかりを重視していない。むしろ日本国内で出版されていて、その中で質がよければそれで十分だという形だ。そういった意味でも日本の研究は成熟していると言える。今後も日本はこれまでどおり、研究の規模以上のノーベル賞受賞者を輩出するだろうと確信している」と期待を寄せていました。

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